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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)9943号 判決

原告 朴悦司こと 朴千根

右訴訟代理人弁護士 小林茂実

右同 守川幸男

被告 合資会社岩田ビル

右代表者無限責任社員 岩田秀二

右訴訟代理人弁護士 児島平

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  本件につき当裁判所が昭和五一年一二月一日になした強制執行停止決定(当庁昭和五〇年(モ)第一五五二一号)を取消す。

四  前項に限り仮に執行することができる。

事実

一  原告訴訟代理人は、「被告から原告に対する新宿簡易裁判所昭和四八年(イ)第一五九号貸室明渡請求和解事件の和解調書に基く強制執行は、これを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

1  被告から原告に対する債務名義として、原、被告間の新宿簡易裁判所昭和四八年(イ)第一五九号貸室明渡請求和解事件の和解調書(以下「本件和解調書」という。)があり、同調書には、原告は、被告に対し、別紙物件目録の貸室(以下「本件貸室」という。)を、昭和五〇年一二月三一日限り明渡す旨の記載がある。

2  しかし、右和解事件に原告代理人として関与した弁護士板垣圭介は、原告が自ら選任したものではなく、被告代理人の児島平弁護士の要請により、原告が白紙の訴訟委任状を同弁護士に交付し、同弁護士において右委任状を利用し、便宜右板垣弁護士を原告代理人として選任したものであるから、右選任行為は民法第一〇八条、弁護士法第二五条に違反する無効なものであり、したがって、右板垣弁護士を原告代理人としてなされた本件和解は無効である。

3  また、本件和解は次の理由によっても無効である。すなわち、

(一)  原告は、昭和四〇年一〇月一日、被告から、本件貸室を、遊技場(麻雀業)に使用することを目的とし、期間は昭和四〇年一〇月一日から五年、賃料一ヶ月五万円、敷金は四五〇万円との約で賃借し、同年一〇月三〇日、右賃貸借契約に関し公正証書を作成するとともに、被告の申立により、同年一一月二五日、新宿簡易裁判所において即決和解(同裁判所昭和四〇年(イ)第一六六号事件)をなし、同趣旨の条項を内容とする和解調書が作成された。

(二)  右賃貸期間満了に際して、原告は、今後も引続き賃貸することは間違いない旨の被告の言を信じ、昭和四六年一月二一日、新宿簡易裁判所において、被告のいうがままに、同日原、被告間の本件貸室賃貸借契約を合意解約し、原告は、被告に対し、本件貸室を昭和四八年一一月二日限り明渡す旨明渡満了期間を三年間とする即決和解(同裁判所昭和四五年(イ)第二〇二号事件)をなした。

(三)  そして、右和解による期間満了に際し、原告は、前同様に、期間満了時には再度更新することは間違いない旨の被告の言を信じ、前記のとおり、新宿簡易裁判所において、明渡猶予期間を二年とし、右期間満了時たる昭和五〇年一二月三一日限り、原告は、被告に対し、本件貸室を明渡すことを骨子とする本件和解(同裁判所昭和四八年(イ)第一五九号事件)をなした。

(四)  原告は、本件和解調書に基づき、本件貸室明渡の強制執行をなさんとしているが、当初の賃貸借契約の期間満了に当り、被告が更新拒絶をしても、正当事由はなく、原告は引続き本件貸室を賃借できた筈であるところ、原告は、前述のとおり、引続き賃貸することは間違いなく、明渡猶予期間とするのは形式上のみである旨の被告の言を信じ、そのいうがままに、契約の更新期間を明渡猶予期間とする和解をなすことに同意したものであるから、本件和解調書上の合意は、第一に借家法第一条の二の規定の脱法行為に該当することにより、第二には錯誤に基づくものであることにより、いずれにしても無効である。

4  よって、原告は、本件和解調書に基づく強制執行を許さない旨の裁判を求める。

二  被告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。

1  第1項の事実は認める。

2  第2項の事実は認めるが、本件和解が無効である旨の主張は争う。被告は、原告に和解の趣旨を十分説明し、原告が期日に出頭できない場合には、被告方で代理人を選任し、同内容の和解をなすことにつき原告の承諾を得ている。

3  第3項冒頭の主張は争う。

同項(一)の事実は認める。(一)の和解は、原告、被告各本人が出頭のうえでなしたものである。

同項(二)、(三)の事実中、いずれも被告が原告に対し、今後も引続き本件貸室を賃貸する旨述べたことは否認するが、その余の事実は認める。(二)の和解も原告本人が出頭し、十分和解の趣旨を納得したうえでしたものである。

同項(四)の主張は争う。

三  《証拠関係省略》

理由

一  被告から原告に対する債務名義として原告主張の本件和解調書が存すること、右和解事件に原告代理人として関与したのは弁護士板垣圭介であるが、右板垣弁護士は、被告代理人弁護士児島平の要請により、原告が同弁護士に交付した白紙委任状により同弁護士が原告代理人として選任したものであることは当事者間に争いがない。

ところで、《証拠省略》によれば、原告が被告代理人児島弁護士に交付した前記白紙委任状には、原告の割印をもってこれと一体をなすものとし、和解条項の記載のある書面が添付されているが、右和解条項は本件和解調書上のそれと同一であること、しかも、右委任状添付書面上の条項の六条には一部削除部分があるが、同部分は従前の和解条項にはない条項であるという原告の申入れにより削除されたものであることが認められ、これらの事実からすれば、原告は、右白紙委任状を児島弁護士に交付するに当り、予定されていた和解条項の内容を十分承知のうえで、同内容の条項で即決和解をなすことに同意し、手続上の便宜のため、右児島弁護士にその代理人の選任を依頼したものであり、その結果前記経緯で、原告が同意したとおりの内容の本件和解が成立したものであることを認めることができる。

以上の事実関係からすれば、児島弁護士による板垣弁護士の選任行為は、弁護士の誠実な職務の執行、その綱紀及び品位の保持を旨とする弁護士法第二五条の法意に照らし、望ましいことではないにしても、直ちに同条項に抵触するものとはいうことはできないし、また、民法第一〇八条の趣旨に反するものともいうことはできない。したがって、この点の原告の主張は採用することができない。

二  次に、被告が原告に対し、昭和四〇年一〇月一日、本件貸室を、原告主張の約定で、期間は昭和四〇年一〇月一日から五年と定めと賃貸し、同年一一月二五日、新宿簡易裁判所で右賃貸借契約に関して即決和解(同裁判所昭和四〇年(イ)第一六六号事件)をなし、同趣旨の条項を内容とする和解調書が作成されたこと、右賃貸借期間満了後の昭和四六年一月二一日、再度新宿簡易裁判所で、同日、原、被告間の本件貸室賃貸借契約を合意解約し、原告は、被告に対し、本件貸室を昭和四八年一一月二日限り明渡す旨の即決和解(同裁判所昭和四五年(イ)第二〇二号事件)が成立し、次いで、右期間満了後に、前同様新宿簡易裁判所で、明渡猶予期間を二年延長し、右期間満了時たる昭和五〇年一二月三一日限り、原告は、被告に対し、本件貸室を明渡す旨の本件和解(同裁判所昭和四八年(イ)第一五九号事件)が成立するに至ったことは当事者間に争いがない。

原告は、明渡猶予を内容とする上記各即決和解は、被告から、引続き賃貸することは間違いなく、調書上明渡猶予期間とするのは単に形式上のものであるといわれ、その言を信じて、被告のいうがままになしたものであるから、借家法第一条の二に反し、あるいは錯誤に基づくものとして無効である旨主張するが、右主張の如き事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、《証拠省略》によれば、原告は、本件和解とは別に、昭和四八年一一月三〇日付で、昭和五〇年一二月三一日限り本件貸室を明渡すことを確約する旨の念書を被告に差入れていることが認められることからすると、この点の主張もまた採用の限りではない。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、強制執行停止決定の取消及びその仮執行宣言については同法第五四八条により主文のとおり判決する。

(裁判官 落合威)

〈以下省略〉

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